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AREA JAPAN 連載第3回:
『ACESをめぐるSONYの貢献』

シーンリニアワークフロー/ACES は現実のシーンの光を忠実に表すデジタル画像(シーンリニア)を基準としています。そのため、既知の反射率(18%グレーチャートなど)の被写体を基準とすることで、すべてのデジタル画像を反射率で表現できます。例えば、デジタルシネマカメラ SONY F65 では、18%の反射率を基準とすると最大1300%の反射率の光をデジタルデータとして記録できます。現在ではこうして記録された光のデータはSONY が提供するソフトウェア*1や IDT( Input Device Transform )を経由し、簡単に OpenEXR フォーマットのシーンリニア/ACES 画像として取り出せます。 このように現実世界の光を反射率として記録しデジタル画像に変換することは、シーンリニアワークフローを構築するにあたって基礎的かつ重要な技術要素のひとつです。では、シーンリニア/ACES のデータをカメラから取り出せるようになるまでには、どのような経緯があったのでしょうか。ここでは SONY のデジタルシネマカメラを取り上げて詳しく読み解いていきます。

日本の放送向け映像機器を開発していた SONY 株式会社(以下、SONY )は1972年から現在にかけて、放送業界でもっとも権威のあるエミー賞®を数々受賞するなどその技術が高く評価されてきました。そうした中、SONY は1999年に HD 1080/24P システムの技術開発および実用化に成功し、翌2000年に発売を開始した HD 1080/24P カムコーダー HDW-F900 をベースに Panavision 社からリリースされた「 Panavised F900 」が大作「STAR WARSエピソード2 クローンの攻撃」で採用されるなど、映画業界においてもその評価を確固たるものとしました*2 。SONYが参入した映画業界は、放送業界とは決定的にワークフローが異なり、カラーグレーディングは全工程の最終段階でおこなわれます。さらに撮影データには、映画フィルムに匹敵する広いダイナミックレンジも要求されます。一方で、映像機器のスタンダードである 10-bit にエンコードする技術的制限もまた存在しました。そこでSONY は、こうした技術的制限の中でカメラのダイナミックレンジを最大限に引き出すための新機能「ユーザーガンマ」の提供を開始しました。これは、カメラのイメージセンサが受けた光のデータ(線形空間)を、 各ユーザー独自のガンマ空間へ変換する関数を作成できるツールです。このユーザーガンマは国内外のポストプロダクションの有識者に多く用いられ、この独自の関数を販売するポストプロダクションも出現しました。さらに2007年、SONY はユーザーガンマのノウハウを活かし、カラーグレーディングとモニタリングの要素を合わせたもったガンマ空間S-Log ( 現在は S-Log1 に名称変更 ) を開発し、 SONY F23 及び F35 に実装しました。S-Log はシーンリニアと 10bit コード値を相互に変換するための関数です。これに並行してF900 で最大 450 %だったダイナミックレンジは、 F23 及び F35 では約800 % ( S-Log1, 約 12.3 Stop ) まで拡大し、さらに約1300%(S-Log2, 約14.0 Stop)に進化を遂げた F65 ではついに映画フィルムと肩を並べるまでになりました。さらに2013 年の F65 アップデートにより、カメラからダイレクトに ACES ( ACESproxy 規格*3 ) での映像出力が可能になったのです。

S-Log1 及び S-Log2 におけるシーンリニアとビデオシグナルレベルの関係 (S-Log2 Technical Paper V1.0)

ところで、ロサンゼルスにある映画芸術科学アカデミー ( AMPAS ) のピックフォード映画研究センターでは、AMPAS が主催するACES ( Academy Color Encoding System )をテーマとする定例会が現在も開催されています。そこには、ハリウッドのポストプロダクションに所属するカラーサイエンティストなどに加え、SONY の遠藤一雄氏も参加し、ACES の開発状況のリサーチや次世代に向けた取り組みの検討がなされています。この定例会への参加をきっかけとして、SONY は ACESlog*3 の標準化のための実証実験をSony Pictures Entertainment 社の施設内にある Digital Motion Picture Center ( DMPC )*4で実施しました。さらにSONYの提供した情報をもとに、Sony Pictures Imageworks 社のエンジニアでありかつ OpenColorIO*5 の開発者でもある Jeremy Selan 氏は、OpenColorIO へのF65 用 IDT の実装をおこないました。これらの SONY の活動は、ACES への大きな貢献となっています。ちなみに、この定例会はあくま企業及び個人の有志によって運営されており、ここで共有された技術による特許出願などは予め禁止されています。ハリウッドではこのようなボランティアベースの集いが数多く開かれています。2012年に開かれた全米撮影監督協会 ( ASC ) と全米製作者組合 ( PGA ) 等が主催する Image Control Assessment Series ( ICAS ) には、200 名以上のボランティアが集まりACES 上でのカメラ評価が活発におこなわれました。もともと色域はイメージセンサに由来しますが、ICAS において、SONYが開発した F65 CMOS センサ の持つ広い色域 ( S-GAMUT ) は、ネオン管など高彩度の部分で発揮される色再現の精度が高く評価されました。

様々な色空間の色域を示す xy 色度図( S- GAMUT, ACES, sRGB, DCI-P3など)
S-Gamut3.Cine/S-Log3 and S-Gamut3/S- Log3 テクニカルサマリー V1.0

以上みてきたように、SONY が生み出したデジタルシネマカメラは映画業界で活用され、また映画業界の厳しい要求に応える形で発展を遂げてきました。そして、ついに現在ではデジタルシネマカメラから直接シーンリニア/ACESのデータを誰もが容易に取り出せるようになったのです。こうした背景にはSONYを代表とするベンダーやカラーサイエンティストの無償の貢献があることは強調すべきことであり、上述の ACES の定例会に参加している日本人は、SONY を除けば、富士フイルム株式会社の内田充洋氏ただひとりであることもまた事実です。こうした開発者側の動向の一方で、映像制作者は ACES による多大な恩恵を受けて映像制作の質の向上と工程の簡略化を実現してきました。今後は「ユーザー=映像制作者」が積極的に情報発信しフィードバックしていくことが求められます。国内では株式会社マックレイが主導するかたちで、2014年2月に ICAS のようなカメラ評価がおこなわれました。*6 ICAS に比べ規模は小さいながらも、VFX をターゲットとする新たなカメラ評価のデータが集まったことは大きな成果です。*7 こうした国内の活動が海外へのフィードバックを果たせた時にはじめて、 ACES を支えてきた SONY への真の貢献となるにちがいありません。

1) SONY RAW Viewer『RWV-10』
https://www.sony.jp/cinealta/support/download/RAW_Viewer.html

2) “ HD24P シネアルタ カムコーダー 『Panavised F900』 2004年エミー賞®を受賞 ”
http://www.sony.co.jp/SonyInfo/News/Press/200409/04-046/

3) Academy Color Encoding System Developer Resources – Documentaion
http://ampas.github.io/

4) Digital Motion Picture Center – Sony
http://pro.sony.com/bbsccms/ext/Cameras/CineProduction/DigitalMotionPictures/

5) OpenColorIO – OPEN SOURCE COLOR MANAGEMENT
http://opencolorio.org/

6) 株式会社レイ(旧:マックレイ株式会社)を主導に、2014年2月におこなわれた ACES を軸としたカメラアセスメント活動。立教大学の新座スタジオで予備実験を含め2日間に渡っておこなわれた。評価対象のカメラは、SONY F65, SONY F55, RED Epic, ARRI ALEXA XT, ARRIFLEX 435 ( KODAK VISION3 200T ) のフィルムを含む合計5機種に及んだ。
カメラアセスメント活動の問い合わせ先:株式会社レイ 映像技術事業本部
マックレイ営業部 高橋 英司 ej-takahashi@ray.co.jp
技術協力:株式会社富士フイルム、株式会社ロゴスコープ、加藤泰裕(コンポジター)
施設協力:立教大学 現代心理学部 映像身体学科